トーワタケシバ

〜WHITE  THAN SNOW〜


2007年元旦。
雪化粧の富士山を見ながら、車の窓から吹き込む冷たい風と景色がどこか懐かしい匂いを感じさせた。
山梨県のとある神社に神に選ばれし馬がいる。
元競走馬であり、引退後は東京競馬場で誘導馬を務めたトーワタケシバ。
エリート、ベテラン誘導馬として数多くのGI先導を行い、何頭もの名馬を本馬場に送り出した。
彼は誘導馬を引退後、関西にある三木ホースランドに移動、温和な性格を評価されて馬事普及としての新たな役目を与えられた。
それから数年後、どんな神の導きがあったのか・・・山梨のとある神社の御神馬として迎えられた。
大きな案内板もなく、お世辞にも立派とは言えない商店街を抜けた場所が彼の新天地。
初詣の参拝者も地元の人達ばかり・・・駐車場に停まる車のナンバーから県外を見つけられたのは1〜2台だった。
境内に厩舎を構える神社は珍しい。
大抵、披露用の馬房が建てられ、御神馬とは言えど近くの乗馬クラブから借りてくるのが常だと聞く。
神社本来の業務以外に馬の管理はなかなか難しいのだそうだ。
しかし、ここは放牧場が設けられ、その中に3頭の馬が生活する厩舎が建っている。
柵の外から厩舎を見る・・・3頭の馬がこちらに目を向ける・・・真ん中にいるのがタケシバだとすぐにわかった。

今でもどっしりと構える雰囲気は変わっていない。
作務所で御神馬を管理してる方を尋ねると、宮司さんを紹介された。
馬専門の役職があるのかと思いきや、宮司本来の仕事をこなしながら彼らを管理してるというのには正直驚いた。
トーワタケシバに東京競馬場の乗馬センターで関わりがあった事、東京から再会すべく訪れた事を伝えると、宮司は優しい笑顔で迎えてくれた。
放牧場に入る許可をもらい、タケシバの前に立つ。
知ってる頃のタケシバより確実に年齢を重ねてるはずなのに、彼は逆に若返ってる様な気がした。
何よりも瞳の力強さが、そう思わせた。
冬毛でクマのぬいぐるみの様になった彼の顔を撫でた時、「生きてて良かった。元気で良かった。」と心の中で呟いた。

馬と出会って20年・・・多くの馬達と様々な別れを経験してきた中、新天地に向かった馬との嬉しい再会が叶った事は数例。
僅かでも自分が関わった馬達が今でも元気に生きていてくれている・・・それは何よりもの喜び。
「タケが来た時にね、馬運車から降りた姿を見て・・・何て綺麗な馬なんだろう。尻尾がふさぁ〜と長くてたなびいてね。こんな美しい馬を迎えて本当に良いんだろうか?と思ったくらいだった」と当時の記憶をつい昨日感じた事の様に強い気持ちを込めて語る宮司の言葉に涙が出そうになった。
神に選ばれたタケシバは、神に仕える宮司の目にどれだけ神々しく映ったのだろうか?

タケシバの仲間は他に2頭、元競走馬のマックスポートにアラブのアレックス。
マックスポートは目の淵にラインを引いたみたいな不思議な目をした馬。
アレックスは甘えん坊と天邪鬼が同居してる愛嬌ある馬。
タケシバが来た当時は、先住馬マックスポートと始終「俺が一番!」を主張しあっていたそうだけど、今ではお互い距離を置いての平和な日々を送っている。
東京競馬場在籍時、運動でも誘導でも常に先陣を切ってきた事への大きなプライドが穏やかなタケシバに主張をさせたのだと感じた。
アレックスは2頭よりも自分の身体が小さいのを理解してるのか、上手く立ち回っているのが可愛らしかった。
飼葉の時間以外は、馬栓棒を外して馬房と放牧場を自由に行き来する毎日。
穏やかな時間を過ごし、年に一度は伝統行事である流鏑馬神事でサラブレッドの持つ力強い走りを披露するそうだ。
3頭共、真っ白の綺麗な姿なのに・・・放牧場で構わずゴロゴロ砂浴びをするから身体の至る場所が茶色・・・栗毛かと間違えてしまう程だった。
「僕達、御神馬だから綺麗にしなきゃ!」なんて事は当然わかっていないらしい。
参拝者の伸ばした手に鼻を優しく通わせる姿、瞳に宿る強くも暖かい光は慈愛に満ちた神そのものに見えた。
私は「さようなら」という言葉を使うのが嫌いだ。
「さようなら」には何か悲しい意味を感じてしまうから・・・そこに「再び」の意味を感じられないから・・・。
だから、馬には絶対にその言葉を使わないのが私の暗黙のルール。
「また来るね!元気でね!」と彼らに声をかけ、駐車場に向かった。
ふと振り返った時、砂色のはずの彼らの姿が神々しく光って見えた。
眼前にそびえる富士山頂に積もる不可侵の雪よりも、ずっとずっと白く光って映った・・・。




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